イタリア・フランス出張(1)

11月20日の深夜から27日まで、ローマとストラスブールに行ってきました。ローマではポルテッリ先生にお会いし、この間の経過報告と今後の展開(?)に向けて、話し合いをしてきました。うまくいったらまたご報告しますね。お忙しい中、2日間にわたってお相手していただき、ありがたい限りです。彼は近年、イタリアにいるアフリカ系移民のオーラルヒストリーと音楽を収集しているということでした。移民研究まで手を広げておられたとは、全く存じ上げませんでした。相変わらず穏やかで、自分からは話さず、こちらの話す内容を聞き、観察しているご様子で、やっぱり怖かったです。

ローマから電車で1時間ほどかけて、テルニにも行きました。テルニは『オーラルヒストリーとは何か』の序章と第2部前半の舞台になった町で、翻訳している間じゅう、ずっと行きたいと思っていました。実際に行ってみるととても小さな町で、アッシジやオルヴィエート、チヴィタといった周辺の美しい村に比べると、どう考えても見どころはありません。しかし私は駅前の巨大モニュメント(製鉄所にあった機械を模したものだそうです)に興奮し、駅前の大通り(Viale Tito oro Nobili:イタリア社会党の指導的地位にあった政治家・弁護士の名前がついた通り)を激写し、ブリン大通り(『オーラルヒストリーとは何か』の序章で、鍵になる人物が殺害された通り)で声をあげ、という具合で、非常に楽しんでしまいました。

ローマといえばトレビの泉やスペイン広場が有名なようですが、やはりここはアルド・モロの遺体が発見された場所やムッソリーニがファシスト党独裁の宣言演説をしたバルコニーを見に行かねば、ということで行ってきました。正味2日間、その中にポルテッリ先生との話し合いもあり、非常に慌ただしい滞在でしたが、行ってよかったと思いました。

それにしても、レストランで何を注文すべきか迷っていたら助けてもらい、道を聞いたら連れて行ってもらい、荷物を運んでもらったり本当は入れないのではないかと思われる場所に入れてもらったり、イタリアからフランスに移動する飛行機の中ではバナナを頂いてしまったりと、行く先々でお年寄りに親切にしていただきました。もしかしたらものすごく子供に見えているのではないかと気にしています。結局「シニョリーナ」としか呼ばれなかったし。私は子供っぽいままおばちゃんになっていってしまうのだろうか……。

写真はテルニで撮ったものと、モロの遺体が発見された場所と、ポルテッリ先生です。
 

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s