Monthly Archives: January 2017

Articles: irregular migration and “xenophobia” in Japan

論文が2本、刊行されました。
1本は2014年の11月に、韓国ソウルは聖公会大学にて報告させていただいた内容を、大幅に加筆修正したものです。趙慶喜先生に全てを丸投げしてしまいました……それでこの程度かYO!という声が全米から聞こえてくるような気がしますが、その通りです、としか申し上げられません。
でも、こんな出来であっても、韓国語の媒体に論文が掲載されたということは、とても嬉しいです。本当にありがとうございました。

もう1つ、Race and Classという学術雑誌に論文「Inventing aliens: immigration control, ‘xenophobia’ and racism in Japan」が掲載されました。勢いで書いたら、おそらく「日本の話って珍しいよね」的なノリで掲載されるに至ってしまい、今となっては恥ずかしいです……。でもなかったことにはできないのが論文なので、後日また自分で自分を批判して別の論文をきちんと出したいです。

http://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0306396816657719

写真は、趙慶喜先生がお送りくださった写真です。何から何まで本当にありがとうございます!
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シンポジウム等での報告

少し先の話ですが、今年3月、2週連続でシンポジウムや研究会で報告いたします。
1つは日本オーラル・ヒストリー学会のシンポジウムです。こちらは北海道大学の長谷川貴彦先生もご登壇なさいます。

■テーマ  「エゴ・ドキュメント/パーソナル・ナラティヴをめぐる歴史学と社会学の対話」
■日時  2017年3月11日(土) 13時30分~17時30分
■場所  上智大学(東京) 2号館5階508室
http://joha.jp/news/676

もう1つは、3月4日(土)社会調査協会の公開研究会です。和歌山大学の西倉実季先生と、龍谷大学の岸政彦先生とともに、お招きにあずかりました。

■テーマ  「ライフストーリーとライフヒストリー―― 『事実』の構築性と実在性をめぐって ――」
■日時  2017年3月14日(火) 13:30~17:00(会場使用は13:00~17:30)
■場所  関西学院大学梅田キャンパス 1405教室(定員96名)

どちらの報告も、社会調査で「昔あったこと」を調べるにはどうしたらいいのかについて、ごく普通の話をする予定です。博士論文の試問の時に、主査の先生から「自分の調査方法をそんな言い方しちゃだめだ、それじゃただの普通の調査だ」と(複数回)言われたことが思い出されます。
実は学部の時から東洋史学の演習に出ていたのですが、社会調査で「昔あったこと」について調べるときには、いつもその時の体験を思い出します。あの時に学んだが何も生かせていない、それで何一つできていない、という忸怩たる思いも共に。もちろん資料にも何ひとつ歯が立たず、その演習を生かして何かが書けたわけでは全くありません。あの程度の体験で、例えば歴史学における「過去にあったこと」の調べ方を語れる、とも思いません。それでも、やっぱりあの時にペルシャ語資料も漢文資料も読めないと苦しみ、資料のコピーを延々と眺めて時間を過ごし、「モンゴル語の語彙を調べるための辞書を読むためにドイツ語を勉強するって何なん? これ普通なん?」と戸惑い、「読めないのにめくるだけって意味あるんかなあ、ないよなあ」とつぶやきながらとりあえず漢籍をめくったりしたことが、全くの無駄になっていないのなら、それはとても嬉しいことだ、と思います。
当日は、私の報告はどう考えても大したことは話せないのですが、他の先生方と知的な交流ができることを楽しみにしています。ご関心をお持ちの方は、ぜひいらしてください。

12月に読んだ本

今月は何もしていないのに無駄に失速してしまって、仕事の本もそれ以外の本もあまり読まなかったです……。

・ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポッター『反逆の神話』
…ここに書いてあることをデータで示せたら面白いとは思います。「右傾化」なんて単純な話ではないことは、もはや常識なのだから。あと今になってみるとオルト右翼(という言葉は出ていませんが)についての示唆的なことも書いていますね。
・チャン・ピルファ、キム・ヒョンスク他『韓国フェミニズムの潮流』
…よ、読みにくかった……。ここに書かれている内容は90年代の議論だと思うので、その後の展開がどうなったのか、勉強したいと思います。
・谷端昭夫『日本史の中の茶道』
…ただの日本史の教科書かと思うんですが、書かれていることの元ネタを遡ろうとするとけっこう大変な気がします(気がします、というのは、私が日本史の専門家でも茶道の専門家でもないからです)。そういう意味で、とてもいい教科書なのでは。
・高良倉吉、高橋公明、大石直正『周縁から見た中世日本』(講談社学術文庫・日本の歴史14)
…面白かったです。わくわくした。ハーフ済州人としては、高麗末期から朝鮮王朝初期の済州の男性が意外にも(今日の評判とは逆に)高麗・朝鮮王朝の資料には荒くれ者として登場するところに一番驚いてしまいました。「倭人」というのが「境界人」(と本文中にはありましたが、実際には「どこの人なのかわからないけどとにかく海で悪さをする人」ぐらいでは?)の意味で、「深処倭人」「日本人」とは別であることも知りませんでした。
・大沼保昭、江川章子『「歴史認識」とは何か』
…とても平易に書かれた、誠実なメッセージの本でした。
・馬田イスケ『紺田照の合法レシピ』第3巻
…なんだかんだ言ってまた読んでしまいました。獅子唐の肉詰めは思いつきそうなのに思いつかなかった。手羽元と蕪のグリルは美味しそうです。
・諸星大二郎『壁』
…表紙のせいで、諸星先生の作品だと思えませんでした。あれ、何もドロドロ(絵柄的な意味で)してない……?
・『谷崎万華鏡』
…やっぱり変態的なものは文字だけ読んで、細部を想像で補う方が満足できる気がします。



地味に読みたい本が溜まっているので、1月(と言ってももう最初の1週は過ぎてしまったのですが)は挽回したいです。

論文:「越境者の輪」

もうすっかり時期を逸してしまった挨拶ですが、あけましておめでとうございます。今年も、年末に「もっとできたはずだ」と思わないで済むように1年間やりきっていきたいです。

さて、去年の話になりますが、論文が掲載されました。
「越境者の輪:占領期北東アジアの「密航」「密貿易」を支えたネットワーク」 特定非営利法人社会理論・動態研究所『理論と動態』第9号、2016年12月:20−36
研究所の紹介ページはこちらです
https://www.istdjapan.org/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%B4%80%E8%A6%81/%E7%AC%AC9%E5%8F%B7/

占領期の朝鮮半島からの移住と並んで、博士後期課程から気になっていた、台湾・奄美・沖縄での「密貿易」(私貿易)について、文献資料からまとめたものです。
実は、「密貿易」について調べようと思ってから、論文らしき体裁のものを書けるようになるまで、だいぶ時間がかかりました。何が難しいといって、先行研究が見つけにくいことです。「密貿易」を扱った先行研究は数多くあります。けれども、それがどうにも、私にとって「社会学的」ではない。いや、先行研究が理解している「密貿易」なるものと、私が資料を読んで理解している「密貿易」なるものはややずれているのだけれども、どんな先行研究を踏まえればそのずれをうまく説明できるのかがわからない、というか。私は、ある現象が生じるいろいろな条件をとにかくたくさん見つけていくことが重要だと思っていて、中でもたくさんの人たちが共通して持っている知識や常識、そしてその場における規範や秩序の成立の仕方に興味があります。データの中からそういうものが見えると「お、これは社会学的かな?」と思ってしまいます。なのですが、「密貿易」について集めてきたデータにはそういうものがなかなか見いだせなくて、どうしたらいいかよくわからないまま、時間だけかかってしまいました。
おそらくそういう、知識や常識や、規範や秩序の成立の仕方といったものは、私が興味を持つ対象についてだんだんわかっていくと、「あ、これだ」と腑に落ちるときがくるのですが、そこに至らないということは、集めたデータが足りないのかな、何かずれているのかな、と迷っていた、という感じです。
ぐだぐだと書きましたが、すでに他界された方も含め、インタビューを取らせていただいているのに、全く使えないまま論文になってしまいました。自分にとってインタビューデータって何だろう、そういえば博士論文の試問の時も「実はインタビューデータがない方がすっきりと議論できるのではないか」と突っ込まれたなあ、いやデータの形式の問題じゃないとは思うんだけど、とまた悶々としてしまいます。
が、とにかく1本は書いたので、次に行こう!と思います。

金子良事さんがこの論文について、ブログに書いてくださいました。
http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-456.html

ありがとうございます! まさかこんな風に書いてくださるなんて、感激します。歴史研究をしておられる方から「わりとスタンダード」と言われると、歴史学者になり損ねた社会学徒としてはとても嬉しいです。ていうか照れます。