シンポジウム等での報告

少し先の話ですが、今年3月、2週連続でシンポジウムや研究会で報告いたします。
1つは日本オーラル・ヒストリー学会のシンポジウムです。こちらは北海道大学の長谷川貴彦先生もご登壇なさいます。

■テーマ  「エゴ・ドキュメント/パーソナル・ナラティヴをめぐる歴史学と社会学の対話」
■日時  2017年3月11日(土) 13時30分~17時30分
■場所  上智大学(東京) 2号館5階508室
http://joha.jp/news/676

もう1つは、3月4日(土)社会調査協会の公開研究会です。和歌山大学の西倉実季先生と、龍谷大学の岸政彦先生とともに、お招きにあずかりました。

■テーマ  「ライフストーリーとライフヒストリー―― 『事実』の構築性と実在性をめぐって ――」
■日時  2017年3月14日(火) 13:30~17:00(会場使用は13:00~17:30)
■場所  関西学院大学梅田キャンパス 1405教室(定員96名)

どちらの報告も、社会調査で「昔あったこと」を調べるにはどうしたらいいのかについて、ごく普通の話をする予定です。博士論文の試問の時に、主査の先生から「自分の調査方法をそんな言い方しちゃだめだ、それじゃただの普通の調査だ」と(複数回)言われたことが思い出されます。
実は学部の時から東洋史学の演習に出ていたのですが、社会調査で「昔あったこと」について調べるときには、いつもその時の体験を思い出します。あの時に学んだが何も生かせていない、それで何一つできていない、という忸怩たる思いも共に。もちろん資料にも何ひとつ歯が立たず、その演習を生かして何かが書けたわけでは全くありません。あの程度の体験で、例えば歴史学における「過去にあったこと」の調べ方を語れる、とも思いません。それでも、やっぱりあの時にペルシャ語資料も漢文資料も読めないと苦しみ、資料のコピーを延々と眺めて時間を過ごし、「モンゴル語の語彙を調べるための辞書を読むためにドイツ語を勉強するって何なん? これ普通なん?」と戸惑い、「読めないのにめくるだけって意味あるんかなあ、ないよなあ」とつぶやきながらとりあえず漢籍をめくったりしたことが、全くの無駄になっていないのなら、それはとても嬉しいことだ、と思います。
当日は、私の報告はどう考えても大したことは話せないのですが、他の先生方と知的な交流ができることを楽しみにしています。ご関心をお持ちの方は、ぜひいらしてください。

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