1・2月に読んだ本

すっかりバタバタしていて更新できずにおります。いやこんなしょうもないことを書いて誰が読むんだって話なんですが。お仕事に関係ない本をメモしておくのは、後になって「あ、これ面白かったなー」「あ、これ前に読んでいまいちだったわ」と思い返すためです。やっぱりしょうもないわ……。

・横田冬彦『天下泰平』(日本の歴史16 講談社学術文庫)
めちゃくちゃ面白かったです。みんなが望んだ平和な世の中が訪れて、それでめでたしめでたし、ではもちろんなくて、その中でこそ庇護されるべき人々とそうでない人々が作られていく様子が。綱吉のイメージがちょっと変わりました。
・樺山紘一『ヨーロッパ近代文明の曙 描かれたオランダ黄金世紀』(京都大学学術出版会)
絵画から歴史を読み、歴史から絵画を読めばどうなるか、という試みのようです。でも、正直いってそこまで面白くなかった……。絵画評論を面白く書く、というのは難しいのでしょうか。絵画に寄るか歴史に寄るか、どちらか極端でないと面白くならないのかもしれません。いやよくわからないけど。
・稲垣良典『カトリック入門』(ちくま新書)
カトリックではなく、クリスチャンでもなく、そもそも信仰もないのに何を読んでいるんだと自分で突っ込みつつ読んだのですが、信仰心と専門的な知識が、同じくらいの水準で組み合わさって、これ本当に新書なんだろうか?と思いました。しかし私にはカトリシズムはともかく、日本的霊性なるものがさっぱりわかりませんでした……。
・篠田英朗『集団的自衛権の思想史』(風行社)
私の乏しい知識ではこれを評するというのは難しいです。が、こういう視点からの議論を、2015年に欲しかったと思います。
・茶の湯文化学会編『講座日本茶の湯全史 近代編』(思文閣)
とりあえず講座日本茶の湯全史を読み終えました。井伊直弼が娘の教育に熱心すぎるんじゃないかという思いを抑えきれないんですが……。
・モーリス・センダック『センダックの絵本論』(岩波書店)
全然知らないアメリカの絵本作家がいっぱい出てきて「?」という感じではありました。が、センダック自身による作品解題はとても面白かったです。『かいじゅうたちのいるところ』のかいじゅうたちの外見は、センダックの親戚(ポーランド系ユダヤ人移民1世)で、彼らがときどき自分の家にやってきて、たくさん飲み食いするのが、センダックは嫌で嫌で仕方なかったんだとか。だよねーだよねー、やっぱり「かいじゅうたち」だよねー。私は、センダック作品では、実は『窓の外のそのまた向こう』が一番好きなのですが、あれはセンダックのお姉さんに捧げた絵本なんだなということも知って、なんとなくいい気持ちになりました。それにしてもあの作品の元ネタの1つがモーツァルトの「魔笛」だったなんて。
・村瀬学『長新太の絵本の不思議な世界』(晃洋書房)
まさか長新太で1冊書くなんて。と思ったんですが、かなり熱い絵画論でした。長新太はナンセンス、というよりもかなり真面目な感じがすると思ったのですが(いや、ナンセンスであることと真面目であることは両立不可能ではありませんが)、丁寧に説明していただけると、そうかーなるほどーへー!という、小学生みたいな感じで、どんどん読んでしまいました。
・浦沢直樹『マスターキートン リマスター』
そもそもマスターキートンを読んでいないのに何をリマスターしているんだお前は、という感じではありますが、それはそれでそれなりに面白く読みました。複数の方から「朴さんが浦沢直樹を読むならマスターキートンがいいんじゃない?」と勧めていただいているのですが、まだ読んでないという。最近ぜんぜん、新しい漫画に挑戦していないので、衰えを感じます。
・藤枝理子『もしも、エリザベス女王のお茶会に招かれたら?』
来るべきイギリス出張に備えて。って何を備えているんだって話ですが。多分アフタヌーンティーを優雅にいただいている時間はないと思われます。「イギリス人にアフタヌーンティーの飲み方を聞いても、みんな違うことを言う。なぜならそれは、出身階級によってマナーが全く違うからだ。彼らは紅茶の飲み方やサンドイッチの食べ方、その場での振る舞いを見て、相互に相手の属している階級を簡単に推察できる」というような説明が冒頭部分にあり、なんだか京都人が話し方でもって「あ、この人は京都のこのあたりの出身かな」とお互いになんとなく推察しあうような感じかなと思いました。あとアフタヌーンティーを主宰するのは、家でお茶席を設けるより面倒くさそうな気がします。



関係ありませんが、以前ストラスブール大学で知り合ったキルギスタン出身の留学生から「南キルギスタンでは「今度うちに遊びに来てください」と言われて本当に遊びに行くと驚かれる」と教えてもらいました。「あいつ、ほんまに来おったで……ひそひそ」と後で話題になるらしい。「私は京都という街で育ちましたが、京都でも人々はそんな感じでやりとりします」と返したところ「そんな南キルギスタンみたいなところ、他にもあるんやね!」と驚かれました。たぶん世界中に似たような話があるはず。

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