論文:「越境者の輪」

もうすっかり時期を逸してしまった挨拶ですが、あけましておめでとうございます。今年も、年末に「もっとできたはずだ」と思わないで済むように1年間やりきっていきたいです。 さて、去年の話になりますが、論文が掲載されました。 「越境者の輪:占領期北東アジアの「密航」「密貿易」を支えたネットワーク」 特定非営利法人社会理論・動態研究所『理論と動態』第9号、2016年12月:20−36 研究所の紹介ページはこちらです https://www.istdjapan.org/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%B4%80%E8%A6%81/%E7%AC%AC9%E5%8F%B7/ 占領期の朝鮮半島からの移住と並んで、博士後期課程から気になっていた、台湾・奄美・沖縄での「密貿易」(私貿易)について、文献資料からまとめたものです。 実は、「密貿易」について調べようと思ってから、論文らしき体裁のものを書けるようになるまで、だいぶ時間がかかりました。何が難しいといって、先行研究が見つけにくいことです。「密貿易」を扱った先行研究は数多くあります。けれども、それがどうにも、私にとって「社会学的」ではない。いや、先行研究が理解している「密貿易」なるものと、私が資料を読んで理解している「密貿易」なるものはややずれているのだけれども、どんな先行研究を踏まえればそのずれをうまく説明できるのかがわからない、というか。私は、ある現象が生じるいろいろな条件をとにかくたくさん見つけていくことが重要だと思っていて、中でもたくさんの人たちが共通して持っている知識や常識、そしてその場における規範や秩序の成立の仕方に興味があります。データの中からそういうものが見えると「お、これは社会学的かな?」と思ってしまいます。なのですが、「密貿易」について集めてきたデータにはそういうものがなかなか見いだせなくて、どうしたらいいかよくわからないまま、時間だけかかってしまいました。 おそらくそういう、知識や常識や、規範や秩序の成立の仕方といったものは、私が興味を持つ対象についてだんだんわかっていくと、「あ、これだ」と腑に落ちるときがくるのですが、そこに至らないということは、集めたデータが足りないのかな、何かずれているのかな、と迷っていた、という感じです。 ぐだぐだと書きましたが、すでに他界された方も含め、インタビューを取らせていただいているのに、全く使えないまま論文になってしまいました。自分にとってインタビューデータって何だろう、そういえば博士論文の試問の時も「実はインタビューデータがない方がすっきりと議論できるのではないか」と突っ込まれたなあ、いやデータの形式の問題じゃないとは思うんだけど、とまた悶々としてしまいます。 が、とにかく1本は書いたので、次に行こう!と思います。 金子良事さんがこの論文について、ブログに書いてくださいました。 http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-456.html ありがとうございます! まさかこんな風に書いてくださるなんて、感激します。歴史研究をしておられる方から「わりとスタンダード」と言われると、歴史学者になり損ねた社会学徒としてはとても嬉しいです。ていうか照れます。 Advertisements

11月に読んだ本

書いておかないと忘れてしまいそうなので。漫画もあります。お仕事関係の本や論文は除いています。 ・佐々木毅『主権・抵抗権・寛容』 先々月に参加した研究会で、ポリティーク派という集団に興味を惹かれたので。ボダンって翻訳されていないんですね……。英語で読むしかないのか(フランス語やラテン語で読める気は全くしません)。 ・マイケル・バグサンドール『ルネサンス絵画の社会史』 第1章の、画家に払われる報酬の基準が、金やラピスラズリといった高価な顔料から、次第に画家の技量や工房でどれくらい画家本人が描いたかといった問題に変わっていくという議論のあたりに一番興味を惹かれました。が、解説を読むとそこはあまり重要ではないらしい。 ・倉本一宏『蘇我氏』中公新書 面白かったです。淡々と記述されているにもかかわらず、歴史ドラマを見ているようでした。蘇我氏の権力・権威がすごすぎて、もしかするとこれは作者が蘇我氏を贔屓しているのでは、という気がしますが、全く知識がないので何も言えません。関係ないけどこの本を地下鉄の中で読んでいて、ふと気づいたら、隣に座ったおじさんが同じく中公新書の『応仁の乱』を読んでいました。「おや、あなたは応仁の乱」「おや、あなたは蘇我氏」みたいな感じで目でおしゃべりして、ふむふむとして、そのまま私が先に降りるまで並んで読みました。 ・伊藤武『イタリア現代史』中公新書 非常に簡便な1冊でした。1年前に出してくださっていたら……!と思うのですが、著者の方には何の非もありません(当たり前)。難癖をつけるとすれば、盛り上がりに欠けます。ただ、イタリア現代史のどこを盛り上がりどころだと思うかという問題に、著者の史観が出てしまうでしょうし、おそらくそれを避けたかったのではないかと思います。 ・宇野重規『保守主義とは何か』中公新書 原典にあたることにします。 ・中務哲郎『歴史』岩波書店 同上。だいぶ昔に一度、ヘロドトスに挑戦したのですが、筋を追うことができなくて挫折したという恥ずかしい思い出があります。再挑戦したくなりました。 ・カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』岩波文庫 せっかくイタリアに行くので、機中で読みました(『オーラルヒストリーとは何か』の中でもこの本が言及されています)。実話と見せかけて小説です。モデルにされた人は嫌じゃなかったかしら。と思ったら、解説のところで「嫌だった」と書かれていますね。 ・小林英夫『満鉄調査部』講談社学術文庫 入り口の1つ、という感じです。 ・カール・シュミット『現代議会主義の精神史的状況』岩波文庫 非常に評価が難しい。訳者は「シュミットを読むならすべてを読まなければならない」と書いていますが、確かにそうなのかもしれません。 ・茶の湯文化学会編『講座 茶の湯全史 近世編』 先月は中世編を読んだのでその続き。趣味の一環です。この巻は千利休から江戸末期まで。 ・馬田イスケ『紺田照の合法レシピ』:ネタの組み合わせ(食べ合わせ)は非常にいいと思います。クックパッドと連動しているところも高ポイント。紺田さん素敵です。でもレシピとしての使いやすさは『昨日なに食べた?』の方が上かな。前者は一品のみのレシピですが、後者の方は献立や手順もそのまま真似できるので。 なお、これを書いていて「紺田照」が「献立る」だということに気づきました。遅いよ私。

イタリア・フランス出張(2)

ローマ滞在後、フランクフルトを経由して飛行機と電車でストラスブールにも足を伸ばしました。こちらは、ストラスブール大学で開催されている「ECOLE D’HIVER:Evaluation biographique des politiques de langues par les migrants en Europe」に参加することが目的です。生活史/口述史の強みを移民研究の中でどうやって生かし、使っていくかについては、知りたいことがたくさんあります。なので、このwinter schoolの主催者であり、ストラスブール大学の教授でもあるカトリーヌ・デルクロワ先生と、研究員で名誉教授のダニエル・ベルトー先生からこのお話を伺って、ぜひ参加したいと思っていました。 Winter Schoolというからには学生さんの発表が中心だろうと思っていたのですが、実際は研究所や難民支援団体の職員さんや大学教員の発表も多く(というより、私が聞いたのはそのような発表だけでした)、時間をたくさん取って、研究会とワークショップを組み合わせたようなものでした。1週間の日程のうち、最後の2日しか参加できませんでしたが、難民支援団体による言語プログラム、移民2世への言語教育と労働市場への統合といった話題について、フランスとドイツの政策や移住者の生活史を聞くことができました。知らないことさえ知らなかったような情報に触れることができ、非常に新鮮でした。 しかし、実は私はそんなことよりも、そもそも移住者に対する言語政策が国家レベルでも自治体レベルでも真剣に検討されているという事実に、今更ながら彼我の違いを感じてしまいました。当たり前のことではありますが、そもそも国家が難民キャンプの存在を認めている時点で、日本とは比較にならない。もちろん、ドイツにもフランスにも、移住者に対する差別や階級間の断絶や、(移住者か否かに関係なく)ジェンダーの不平等といった様々な問題があるでしょう。階級やジェンダー不平等の問題は、移住者の統合政策にも大きく関係しています。 にもかかわらず、同じ社会の中に、外国からやってきた人々が存在し、彼らがその国で生きて行くことが当たり前のこととして認識され、移住者であろうとなかろうと人権が守られなければならないというコンセンサスが政策レベルに存在している(からこのような議論や研究報告が可能になっている)ということに、ナイーヴにもショックを受けてしまいました(そしてそれを喋ってしまい、喋りすぎて、後で自己嫌悪に陥りました……)。 今後何をどうしていけばいいか、いずれにせよ腰を据えてやらないといけないなと感じて帰ってきました。 写真はwinter school会場と、今回お世話になったデルクロワ先生・ベルトー先生両氏(とそのお宅の猫)です。

イタリア・フランス出張(1)

11月20日の深夜から27日まで、ローマとストラスブールに行ってきました。ローマではポルテッリ先生にお会いし、この間の経過報告と今後の展開(?)に向けて、話し合いをしてきました。うまくいったらまたご報告しますね。お忙しい中、2日間にわたってお相手していただき、ありがたい限りです。彼は近年、イタリアにいるアフリカ系移民のオーラルヒストリーと音楽を収集しているということでした。移民研究まで手を広げておられたとは、全く存じ上げませんでした。相変わらず穏やかで、自分からは話さず、こちらの話す内容を聞き、観察しているご様子で、やっぱり怖かったです。 ローマから電車で1時間ほどかけて、テルニにも行きました。テルニは『オーラルヒストリーとは何か』の序章と第2部前半の舞台になった町で、翻訳している間じゅう、ずっと行きたいと思っていました。実際に行ってみるととても小さな町で、アッシジやオルヴィエート、チヴィタといった周辺の美しい村に比べると、どう考えても見どころはありません。しかし私は駅前の巨大モニュメント(製鉄所にあった機械を模したものだそうです)に興奮し、駅前の大通り(Viale Tito oro Nobili:イタリア社会党の指導的地位にあった政治家・弁護士の名前がついた通り)を激写し、ブリン大通り(『オーラルヒストリーとは何か』の序章で、鍵になる人物が殺害された通り)で声をあげ、という具合で、非常に楽しんでしまいました。 ローマといえばトレビの泉やスペイン広場が有名なようですが、やはりここはアルド・モロの遺体が発見された場所やムッソリーニがファシスト党独裁の宣言演説をしたバルコニーを見に行かねば、ということで行ってきました。正味2日間、その中にポルテッリ先生との話し合いもあり、非常に慌ただしい滞在でしたが、行ってよかったと思いました。 それにしても、レストランで何を注文すべきか迷っていたら助けてもらい、道を聞いたら連れて行ってもらい、荷物を運んでもらったり本当は入れないのではないかと思われる場所に入れてもらったり、イタリアからフランスに移動する飛行機の中ではバナナを頂いてしまったりと、行く先々でお年寄りに親切にしていただきました。もしかしたらものすごく子供に見えているのではないかと気にしています。結局「シニョリーナ」としか呼ばれなかったし。私は子供っぽいままおばちゃんになっていってしまうのだろうか……。 写真はテルニで撮ったものと、モロの遺体が発見された場所と、ポルテッリ先生です。  

書評:伊地知紀子『消されたマッコリ』

『ソシオロジ』第61巻2号に書評を掲載していただきました。 伊地知先生には学部3回生の時に、大学の調査実習でお会いして以来ずっとお世話になってまいりました。その先生の書評を、まさか私ごときが書かせていただくことになろうとは思ってもいませんでした。 学術雑誌に書評を掲載する場合、その本の概要に加えて、研究史上の位置付け・意義、疑問点や知りたいところを書くべきだと思っているのですが、私の知識不足のゆえに、どれも不十分に終わったというのが正直なところです。 それよりも圧巻なのは、伊地知先生のリプライの方です。私のとんでもない失言(日常生活でも失言だらけだということを自認していますが、まさか紙面でもやってしまったとは……)をさらりとかわし、私の稚拙な感想文(書評とは言えません)から先生のご高著の内容に踏み込み、最後は『オーラルヒストリーとは何か』にまで言及してくださいました。 通常、このような学術雑誌の書評というのは、若手の本を中堅・重鎮の先生方が教育的な意味を持って評するものではないかと思っていたのですが、今回は評する/評される立場が逆でした。とはいえ、まさに教育されたように感じています。伊地知先生、『ソシオロジ』編集部の皆さま、ありがとうございました。 まあそんなこと言ってないで、きちんと書評ができるような学識を身につけなさい、という話ではあるんですが。

新刊:『オーラルヒストリーとは何か』

こちらはもう新刊というには古いのですが、今年の2月に水声社から、翻訳を出版していただきました。 http://honto.jp/netstore/pd-book_27729355.html (amazonでは売らない主義の出版社さんのようですので、オンラインでお買い求めの際は上記リンクからお願いします) これは『最強の社会調査』よりもずーーーーーっと長い時間のかかってしまった企画で、そもそもは確か学部の3回生の時に『記憶から歴史へ: オーラル・ヒストリーの世界』(ポール・トンプソン著、酒井順子訳)を読んだ時に、方法論について書かれた第4章で、ポルテッリの名前が挙がっていたのでした。この本は読まないといけないな、どうやらこのAlessandro Portelliという人の本の中では、The Death of Luigi Trastulliという本が一番有名で、読むならまずこれなんだろうなと思ったものの、大学の図書館には所蔵がなく、amazonで取り寄せて読んだのはもうちょっと後でした。修士1回生の時に、当時唯一それなりに出席していたゼミの先生に「こういう本があって、面白いんですよー」と言ったところ、先生が「パテントとって、翻訳してみたら?」と言ってくださり、そうか、翻訳するという手があるのか、と初めて思いいたったのでした。 それからちまちまと自分で訳してみて、全訳はともかく抄訳だったら出してもらえるのではないかと思い、先輩方から企画書の書き方を教えていただいて、いくつか出版社さんに企画と翻訳をお送りしてみるもすべて断られて、やっぱり無理かなあと思っていたのが博士課程の最初の頃です。幸運が重なって、今は出版社・共和国(editorial republica)を創設された下平尾さんに出会わなければ、そのまま日の目を見なかったと思います。しかも下平尾さんは「抄訳でいいんじゃないでしょうか」という私の弱腰に対して「いい本だから、全訳しましょう!」とものすごくかっこよく、背中を押してくださいました。ありがとうございます。下平尾さんの後を引き継いで、本当に本当に雑な私の仕事を丁寧に見てくださった、水声社の後藤さんにも、お礼を申し上げます。ありがとうございました。 今になってみれば、イタリア現代史も社会運動も全く専門外で、イタリア語はアルファベットが読めるだけ、というレベルで、よくもまあこんな恐ろしいことをやってしまったものだと冷や汗が出るのですが(本当に出ています)、それでも、出せてよかったと思っています(冷や汗ではなくて、本を)。オーラルヒストリーの教科書的な本は、すでに何冊か出てはいるのですが、やはりあくまでも教科書で、残念ながら、読んで面白いものではありません(オーラルヒストリーの専門家には面白いのかもしれませんが。「ほー、ここをそういう風に言いますか」という意味で)。自分で訳しておいてこんなことを言うのも何ですが、この本は面白いです。イタリアとアメリカの労働運動をテーマにし、著者自身もおそらく(むしろバリバリ)社会運動に関わっているにもかかわらず、いや、だからこそ、善意にあふれ正義を信じた、素朴で愛すべき活動家たちの矛盾を突いてしまう。調査の中で語られる生活史はそれ自体面白いものですが、それを歴史として分析する著者の筆致の方も、同じくらい(私にとっては調査対象者の語ること以上に)わくわくさせられます。 ポルテッリに一度、この本の出版が決まった時に、会いに行きました。小柄でキュートなおじいちゃんです。もっと強面なんじゃないかと思ったら全然違いました。でも自分からはほとんど話さず、にこにこしながらただこちらを観察して、私が何を話すのかに注意を向けていました。怖かったです。 私個人としては、この本は「我らはなぜ勝てなかった(勝てない)のか」という総括の本ではないかと思っています。その答えは、ポルテッリにはそれなりに思うところがあるけれども、本の中に直接には書かなかったのではないかと。 今度、著者に確認してきます。ちょっと怖いけど。

新刊:『最強の社会調査入門』

今年の7月に、『最強の社会調査入門』という本を刊行しました。 この本には、編者・著者として4年ほど関わったので、ようやく出せた、という気持ちと、もうちょっと早く出せたはずだ、という気持ちと、両方あります。 タイトル(と書影)は強気ですが、中身は(編著者が言うのも変ですが)かなりきちんとした調査の本になっていると思っています。どういうところが「きちんとした」と自称しているかというと、 ・調査者は調査の時に何をしているかという点について、これまでなかったほど詳しく紹介している ・その結果が何(どんな論文・本)になっているかを明示している という2点です。 社会学の質的調査(この言い方も変といえば変ですが)というと、「どうやったらいいか結局よくわからない」「何をやってもいいんでしょ?」「いい加減なんじゃないの?」「何をどうしたら社会学っぽくなるの?」などなど、いろいろな疑問を持たれる方も多いかと思います。一応、本書の最後には「社会学っぽくするための秘密」のようなものも開陳しています。もちろん、異論・反論は様々にあるでしょう。「社会調査とは何をすることなのか」という問いから「社会学とは何をすることなのか」についての意見を戦わせることができれば、と思います。 個人的には、この本の編集に関わらせてもらって、面白い調査をしている同世代の研究者と知り合えたことが一番の収穫でした。自分1人ですることよりも、いろんな人と関わって作っていくことの方が(人にもよるかもしれませんが、私は)だいたいうまくいく。期せずしてちょっと「社会」っぽいオチがつきました。 まもなく重版ということで、その点も大変嬉しく思っています。 以下のリンク先は特設サイトです。目次の紹介・本文の一部が読めるほか、本をお買い求めになられた方にはわかる、論文・本へのリンクが付いています。 http://maedat.com/works/saikyo.html

お知らせ:研究報告

立命館大学国際言語文化研究所で報告させていただきます。 連続講座第4回 戦後日本における越境者と出入国管理体制 日時 2016年10月28日(金)17:30〜19:30 会場 立命館大学衣笠キャンパス 創思館 カンファレンスルーム 報告者: 朴沙羅(神戸大学)「「外国人」を作り出す:占領期日本への移住と入国管理体制」 高野麻子(明治薬科大学)「戦後日本の再編と外国人登録法の指紋押捺」 司会・コメント:南川文里(立命館大学) 予約・参加費不要 チラシはこちらです。 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kikaku/2016/20161007_1028_renzokukoza.pdf